東京高等裁判所 昭和46年(く)146号 決定 1971年8月05日
被告人 菅原由助
決 定
(本籍、住居、氏名略)
右の者に対する強姦被告事件につき、昭和四十六年七月十五日東京地方裁判所八王子支部が為した勾留理由開示請求却下決定に対し、右被告人の弁護人らから抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定を取り消す。
理由
本件抗告申立の理由は、被告人の弁護人島林樹、同日野和昌、同安田昌資連名提出に係る抗告申立書記載のとおりであつて、その要旨は原決定が被告人菅原由助の勾留につき同被告人の弁護人(右三名)から為された勾留理由開示請求を却下したのは憲法第三十四条後段に違反し、且つ同決定が引用する最高裁判所の各決定の解釈を誤つた違法があり、取消を免れない、というにある。
一件記録に依れば、被告人菅原由助は昭和四十六年六月二十五日、強姦被疑事実につき東京地方裁判所八王子支部裁判官田上輝彦の発した勾留状により勾留され、同年七月三日右事実につき東京地方検察庁八王子支部より東京地方裁判所八王子支部に対し勾留の儘公訴を提起されたものであること、右被告人の選任に係る弁護人島林樹、同日野和昌、同安田昌資は同年七月九日右裁判所に対し右被告人の勾留理由の開示請求を為したが、右同庁は同年同月十五日、この請求を却下したことが明らかである。
而して右請求却下の理由として原決定の述べるところは、本件被告人は前記の如き経緯により公訴を提起されたもので、起訴後に至つて勾留理由の開示を請求するものであるところ、抑勾留理由開示の制度は勾留当初の理由のみの開示であるから、最高裁判所昭和二十九年八月五日、同同年九月七日各決定の「同一勾留については勾留の開始せられた当該裁判所において一回に限り許される」との趣旨に照しても、最早起訴によりその実質的理由を失うに至つたものと解すべきで、本件勾留理由開示の請求は理由がない、というにある。
そこで右決定理由の当否につき審按するに、当審における事実取調の結果に依れば、被告人菅原由助は強姦被告事件につき前記の如く東京地方裁判所八王子支部に公訴を提起せられ、目下同庁に右事件が係属中のものであるが、昭和四十六年七月九日に至つて初めて勾留理由の開示請求を為したもので、それ以前においては起訴の前後を通じて右請求を全く為さなかつたものであることが認められる。
ところで、刑事訴訟における勾留理由開示制度において被疑者または被告人の請求により勾留裁判官または勾留裁判所が同人らに対して開示すべき勾留理由は勾留の当初における理由と解すべきであるから、右請求が甚だしく遅れる等時機を失するにおいては或いはその実質的理由を欠くに至る場合の生ずることも計り難い。
原決定の引用する最高裁判所昭和二十九年八月五日第一小法廷決定(最高刑集八巻八号一、二三七頁)、同同年九月七日第三小法廷決定(同集八巻九号一、四五九頁)は、いずれも被告人が最高裁判所に対して勾留理由開示請求を為した案件に関するもので、これら請求を却下する理由中においていずれも「勾留理由開示の請求は、同一勾留については勾留の開始せられた当該裁判所において一回に限り許されるものと解すべきである」と述べ、被告人が勾留裁判所でない上訴裁判所に対して勾留理由開示を求めることができない旨を説示したに止まり、その趣旨は原決定の説く如く起訴前の勾留に関し、起訴後においてはもはや勾留理由開示請求権を失うに至ると解すべきものではない。
本件において被告人は前記被告事件につき公訴を提起せられたのみで、未だ審理手続は開始されて居らず、本件勾留理由開示請求も勾留後初めて為されたものであることが認められるから、この段階における本件勾留理由開示請求は正当であるというべく、これを却下した原決定は違法であつて、本件抗告は理由がある。
よつて刑事訴訟法第四百二十六条第二項に則り原決定を取り消すべきものとして主文のとおり決定する。